理事長挨拶

 

 

理 事 長 挨 拶

 

臨床法学教育学会理事長 

石田 京子(早稲田大学)

 

 2024年4月より、第7期臨床法学教育学会の理事長を拝命しました。奇しくも法科大学院設立20年目の節目に大役を担うこととなりましたが、これまで多くの大先輩方が積み重ねてきた本学会の歩みと成果を受け継ぎ、臨床法学教育のさらなる発展に貢献できるよう、微力を尽くして参りたいと思います。

 臨床法学教育学会は、「臨床法学教育の実践と研究を促進し、臨床法学教育に従事する者及び臨床法学教育に関心を有する者の交流と親睦を図ることによって、日本における法科大学院を中心とする実務法曹養成のための教育の発展に寄与すること」(会則第2条)を目的として2008年に設立されました。司法制度改革に基づく法曹養成制度改革により、大学は専門職大学院である法科大学院として直接法曹養成課程に参画し、その主要な役割を担うことになりました。臨床法学教育はその改革の理念に基づいて、学生に既存の法実務を発展させるための批判的視点や、法専門職としての責任感や倫理観を涵養させるために不可欠な教育方法であり、今日においても各法科大学院において多様な取り組みがなされています。本学会は、法曹養成において各大学が臨床法学教育を通じて果たす重要な役割を支援し、臨床法学教育自体の発展を目指す学会です。この学会の使命自体は、制度発足から20年を経て様々な形で変容した法曹養成制度のもとにおいても、変わっていません。

 法科大学院は、当初72校で発足しましたが、その後様々な困難により撤退を余儀なくされた大学院もあり、現在の募集継続校は34校です。制度の危機的な状況への打開策として制定された2019年の法曹養成制度改革法は、法曹志願者増のための試みとして、法曹となる時間的経済的負担を軽減する様々な改革を導入しました。法学部法曹コースの設置、法科大学院在学中の司法試験受験などが導入され、現在、全国42大学の法学部に法曹コースが設置されています。

 現在、法科大学院志願者数の回復という観点からは、これらの改革の効果が目に見えてきており、志願者数は令和4年には1万人にまで回復し、令和6年は13,513人となっています。また、令和5年から開始した司法試験の在学中受験については、令和6年は1,232人の在学生が受験し、680人が合格しました。法科大学院できちんと勉強すれば法曹になれるという予測可能性を高め、さらに法曹の多様なキャリアの魅力を発信することで、今後ますます法科大学院志願者が増えていくことが期待されています。

 他方で、今般の法曹養成制度改革は、法科大学院における臨床法学教育の在り方について、難しい課題を突き付けています。法科大学院に既修課程で入学した学生にとっては、1年3か月後には司法試験受験が控えており、この司法試験受験資格を得るために、多くの法科大学院では入学からの一年間はほぼ実定法科目で構成されたカリキュラムを提供しています。臨床法学教育については、在学中司法試験の終わった夏休みとその後の最終学年後期で履修されることが多いようです。法科大学院は、高度な専門知識と豊かな人間性を備えた法曹を養成することを目的として設立されました。この「豊かな人間性」の涵養には、法実務について経験的に学ぶ臨床法学教育が効果的であることは論を待ちません。学生が既存の法実務を発展させるための批判的視点や、法専門職としての責任感や倫理観を備えるのは、司法試験の受験を終えた最終学年の夏以降だけで本当に充分といえるのか、本学会からも問い直さなければなりません。

 また、より効果的な学びのためには、本来、座学の実定法科目と経験型学習である臨床法学教育は、並行して行われることが望ましいと考えられています。未修課程も含めて、そのようなカリキュラムの在り方が現実に可能になるためにはどのような課題があるのか、教育学の視点や医学部での実践経験などを幅広く参照し、本学会においてより良い法曹養成課程について発信していくことも行っていきたいと思います。さらには、法曹養成課程の一部が法学部法曹コースでも行われていることに鑑みるならば、法曹コースでの臨床法学教育の導入の在り方を提唱していくことも、本学会の重要な役割と考えています。

 

 日本の法曹のキャリアがこれまでにないほどに多様化していく中で、社会のあらゆる場所で法専門職としての責務を果たせる倫理的な法律家をどのようにして育てていくべきか、大学が参画する法曹養成制度における臨床法学教育の役割が、今改めて問い直されています。法科大学院設立20年目の制度的過渡期であるからこそ、本学会が果たすべき役割、取り組むべき学術的課題は大きく、これらに取り組むために、より多くの法曹養成関係者と連携して様々な活動を行っていきたいと思います。ぜひ、みなさまのご支援、ご協力をお願い申し上げます。

(2025年6月3日)